ロシアといっても広い国だけに一概に「これがロシアの平均」ということはできないものの、全体的に見るとインフラ設備の老朽化や脆弱さは、この国のアキレス腱ともいうべき大きな問題である。
最近でこそ都市部には最新設備を備えた高級マンションだとか、高所得者向けの一戸建て 郊外別荘が流行る時代なので、ロシア人といえども、皆が老朽化の進むアパートに暮らしているわけではない。とはいえ、全体的に見るとやはり住環境の問題は現代のロシアで相当深刻なものであることに変わりはないだろう。
そもそも、ソ連時代の工業製品の質の悪さはすさまじいものであった。それがソ連崩壊後に改善したというよりは、そのまま国営企業のほとんどが倒産してしまったり、劣悪な品質の輸入品が巷に溢れたりで、十年近くは酷い状況が続いていた。やっと最近の好景気になってから、高級電化製品の宣伝も目立ちだしたが、庶民に手の届くような価格帯の工業製品の問題の多さといったら、驚愕レベルであった。
1998年から数年間ロシア滞在中に私自身が体験したことでいくつか例として挙げてみることにしたい。
1.ある日、防犯のために二重になっているアパートの玄関のドアの片方が古くなり過ぎて鍵が開かなくなり、部屋に閉じ込められた。分厚いばかりで取っ手も脆く、元々役に立ちそうもないドアであった。仕方がないので、修理屋を呼ぶと、二人の中年男性がやってきて思い切りよく、 工具のようなものでドアを叩き壊して開くようにしてくれた。これが修理なのか・・・しかし、出られたから良しとしよう!
まさに、ロシア的問題解決法を見たような気がした。
2.ときどき、突然に何の前触れもなく、スイッチを入れると突然、裸電球が破裂することがあった。あまりに頻繁に起こるので(十個に一個くらいの確率)そのうちに驚かなくなった。しかし、日本でこういう体験をすることは、かなり稀なことであろう。果たして日本も昔はこんなものだったのだろうか?
小さな爆発は日常から起こりうるのだ。
3.ソ連製の掃除機を使っていたが、音ばかりがやかましいが吸い取っている感じがほとんどなかった。そのうちにあまり綺麗になった感じもしないので使わなくなった。ソ連製の掃除機というのは、酷いケースでは爆発したりするケースもあったらしい。まだ音だけならラッキーな方であったのか?
教訓:箒の方が確実。
4.ロシア国内で作られたドライヤーを数ヶ月使っていたら、爆発音がして、焦げ臭い匂いと共に火のようなものを噴き、使用不可という状態になった。特に自分の髪の毛が焦げる被害はなかったが、見るからに「ちゃち」な製品を騙されたと思って購入したのが間違いだった。これくらいで済んでよかったと思う。
5.ロシア人でも一度外国製の自動車に乗ると、もうロシア製には戻れないという。特に、ロシアの車に家族を乗せることは「命を捨てるようなもの」であって、中古車でも日本製の方が性能がよく、いざとなったら命が助かるらしい。余談であるが、地方都市で「キアモーター」という韓国製の小型タクシーに乗って2時間くらい道なき道を爆走されたときには死を覚悟するほど酷いものだった。帰りに日産の中古車タクシーに乗ったときの快適さは、それに比べると「天に昇る」気持ちで、とても同じ道を走っているとは思えなった。また、そのときの運転手の若者はなぜかその日が誕生日で次々と携帯にかかってくるお祝いの電話を受けるのに忙しそうだったが、まったく余裕の運転ぶりであった。同じ自動車といっても、どうしてこれだけ差が出るのか?舗装されていないような道路の多い地方都市こそ、日本製中古車がもてはやされるのも頷ける気がした。
6.ロシア第二の都市、サンクトペテルブルクの水道事情はことのほか酷く、茶色い水が出るのは当たり前で、出ないよりはましというのが一般家庭の状況のようだった。本当にとても飲めそうにはないし、これで風呂に入るのも難しいだろうというくらいどぎつい色。また、外見的には一見廃墟かと思うようなところでも実は中だけ改装して綺麗に住んでいたりするお宅にお邪魔したこともある。
観光地以外の一歩外れた住宅地の外観も内観もモスクワよりさらに落ちる。地方都市でもやはり、40-50年くらいの年月を風雪に耐えて、しかもまともな補修や改修工事をされていない建物がほとんど。シベリアの木造家屋は完全に傾いたまま立っている。老朽化した建物によっては、古すぎて崩壊寸前で階段を歩くと、下の階に砂のようなものがこぼれ落ちる、まるでお化け屋敷のようなところにも平気で人が住んでいる。また、あまりに夜になると街灯が少なく建物内が暗いので、西洋人の旅行客が怖がって逃げていったと部屋貸しのロシア人年金生活者は話していた。(そんな部屋でも立ちんぼして旅行客に貸せば、生活費の足しにはなるのだ)
7.ロシア人は自分でアパートや別荘の改修・修理をするのが好きなのはいいが、間違った配線や素人のガス工事などが原因で引火爆発する事故がかなり多い。また、そういうケース以外にも老朽化した設備が原因と見られる爆発火災事故も、毎年各地で発生している。真冬に水道管が爆発して、多数の死傷者が出たケースもある。
8.アパートのエレベーター事故も多い。日本人の思うような日本製の清潔で明るく機密性の高いエレベーターはロシアでは、「庶民レベルの人が住むような建物」には存在すらしない。そのほとんどが、電球も切れかけで昼間から薄暗く、誰か立ち小便していそうな、あるいは飼い犬の匂いが染み付いた貨物運搬用の箱のようなものだ。このような前近代的な「薄い金属性の箱を上げ下ろし」するようなもの以外選択肢がほぼない。しかも、たまに降りるべき階のボタンが「見事に」潰されていたり、数字がぐちゃぐちゃで途中から書き加わったりしていて、どこをどうやって押せばいいのか当惑することも多々ある。非常ブザーも緊急のときに、鳴るのかどうかかなり怪しい。
9.市内交通でも頻繁にハプニングが起こる。特に日本では見かけない、路上を走る路面電車のトロリーバスと呼ばれるものがあり、この車体と電気の通っているケーブルを連結している屋根の上の金属部分が、しょっちゅう火の粉を吹いたり、外れたりする。そうすると運転手の中年女性などが外に出て、「よっこいしょ」と長い棒切れで引っ掛けて、そのまま走っていく。この運転手は公務員で給料が異常に安いので、モスクワなどでは大抵モスクワ以外の土地から来た人しかなりたがらない部類の職業らしい。しかし、大変な職業だと思うし、あの度胸には毎回感服した。 都市交通が渋滞している今、以前よりさらに渋滞する自動車の合間を縫って、運転は難易度を極めるだろう。
まあ、思いつくままに自分が体験した範囲の一般事例を並べてみた。
それにしても、産業は軍事産業に特化していたためだろうか?日常使いの製品のお粗末さは世界でもおそらく他に例を見ないほどの低レベルだろう。
ただ、時代遅れが幸いして食料品には農薬があまり使われていないので安心と言われていたが、実際にはモスクワでも地域によって放射能漏れの可能性がある場所が存在すると、まことしやかに言われており、テレビショッピングでは不思議な機械を使って、「市場の野菜の残留農薬の測定できます」と宣伝していたから、食品もなんでも確実に安全というわけではなかった。
住環境の面では、一見すると格段に生活レベルの上がった昨今、モスクワなどは改善されてきているのかと思いきや、現地人に言わせるとそうでもないらしい。まず、人口が急激に増加したので市内交通や郊外からの自動車通勤の渋滞が重なり、人々のストレスも限界。そこに民族問題や国粋主義ネオナチ勢力の対立もあり、貧富の差は以前よりも拡大の一途である。
しかも政府がオイルマネーで潤っても、一般人の暮らす住環境の改善まで手が回らないのが現状。犯罪率も高ければ、火事の件数も減ったどころか、あまりに馴染みの建物が火災による被害に遭うニュースが多いので、とてもではないが単なる火災とは思えない(放火?)ケースも多々ある。
そんなこんなで、何かに巻き込まれない保証のない一般のロシア人の生活というのは普段から比較的事故に遭いやすい環境に置かれているということは、数年前とそう変わりはないだろう。
つまり、基本的に犯罪に巻き込まれることがなくても、ロシアに暮らしているとなんらかの「事故」に巻き込まれる確率はどんな人でもかなり高くなるということだろう。交通事故、火災、誘拐、強盗、窃盗、暴行被害、詐欺、そして爆弾テロ。さらに冬になると、雪道で転ぶだけでも骨折の危険があり、そのまま起き上がれないで転んでいて(あるいは酔っ払っていて)凍死する可能性も十分にありうる。また、雪解け時期に頭上からツララが落下してきて頭を直撃すると死に直面する危険すらあるので、歩くことも慣れないうちは命懸けなのである。
大陸に暮らすロシア人である限りは常にそういうリスクを意識して、できるだけそれを回避するように暮らすしかない。そのせいか、モスクワ市民の動きは他の地域に比べても敏捷であり、 他の困っている人に手を貸すときも動きが早かった気がする。危機に対する意識は、全体的に高くならざるをえない。
日常の危険が比較的少ない日本を有難く思えるようになったのも、ロシアのお陰だ。とにかく、なんでも起こる感じもしたし、発生する事件という事件のスケールが大きかった。地下道テロ、地下鉄爆破、劇場占拠、テレビ塔火災、真冬に温水プールの屋根崩落、預けていた銀行貯金がゼロに!なったデノミなど、本当に色々な貴重な体験をさせて貰ったので、どんなことがあっても動じないロシア人の生活態度に学ぶところがあった。
要するに、大事故があっても冷静に対処し無闇に動揺したり騒いだりせず、世間を騒がすことがあろうと、そんなことにはびくともしないで「死ぬときは死に、生きるときは生きるしかない」という現実に向き合う強さ。本来、人間は人種を問わず、精神的にも肉体的にも、本来は強いものなのだと思う。厳しい現実の中では、そう考えなければ生きられない。
ただ、自分を甘やかすばかりに「そんなことに耐えられない」と決め付けているだけなのだ。たとえ世界のどこで暮らすにせよ、自分のことは自分で守るという精神は絶対に必要だ。とっさの判断が、自らの命を救い、自分を守る。そして、周りの人にもそのような「毅然とした行動」が正しい影響力を持つにちがいない。
たしかに、日本のような恵まれた環境にいることは日々感謝すべきことだ。しかし、そういう環境に飼い慣らされてしまうと、人間は危機感を忘れ、知らず知らずに怠惰になってしまう。日常のどんなところにも危険は潜んでいるかもしれないわけで、気を抜かずに暮らすということは、 たとえ安全な日本にいても忘れてはならないと思う。
また、あまりに「安全神話」を過信しているために、いざ災難に遭ったときに他人のせいにするような態度は卑屈である。社会でもそういう価値観をはっきりさせるべきだ。そういう点では、どんな災難に遭っても「運命」と割り切るロシア人は潔いともいえる。どんなに賠償金を払って貰っても、人の命は戻ってこない。そういうことにあまりに拘る姿は正直言っていかがなものだろうか。
また、国家としても常に万物は流転し、永遠不滅なものはない事実を再認識し、(よって完全に危険のない場所などというのは幻想、ありえない)日頃から「危機に対する心構え」を怠らないことはロシアだけでなく、日本でも非常に大切なことだと思うのである。




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