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リデルハート: 戦略及び大戦略の基本的事項
目次
序章戦略と大戦略の相違点
戦略(軍事的な純戦略)について
戦略における行動について
交通線の遮断
戦略及び戦術の神髄
ゲリラ戦争
軍事における革命と間接アプローチ理論
序文
前回までは第一次、第二次世界大戦における間接アプローチ戦略の実際の運用方法について学んだ。本稿では、リデルハートの「戦略論-間接アプローチ」の第4部を学習することで、間接アプローチ理論の本質について学ぶことを目的とする。戦略と大戦略の相違点
まず、「戦略」という言葉の意味について学んでみよう。戦略という言葉はビジネスシーンや日常生活でもよく使用される言葉であるが、英語ではstrategyとなり、日本語では長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法という意味合いで用いられる (goo辞書より)。 一方、クラウゼヴィッツは「戦争論」において、戦略を「戦争の目的を達成するための手段として、諸戦闘を用いる術。言い換えれば、戦争の計画を形成し、戦争を構成する数個のキャンペーン(一連の密接に関連する戦闘)の取るべき予定のコースを描き上げ、そしてそれぞれのキャンペーンの取るべき予定のコースを描き上げ、そしてそれぞれのキャンペーン中において戦われるべき諸戦闘を規制するものである (戦略論-間接アプローチ)」として定義している。まず、戦争というものには目的がある。例えば、太平洋戦争において、アメリカと戦争をした日本の戦争目的の1つは間違いなく「自存自衛」であった。1937年7月、北京の盧溝橋で起きた発砲事件を契機に、日中戦争という戦争状態に突入し、泥沼状態に陥っていた日本軍はアメリカ、イギリスからの対蒋介石への援助ルートを断ち切るために、南部仏印に進駐した。日本軍のこの行動に対して、即座にアメリカのルーズベルト大統領は在米日本資産の完全凍結と石油輸出全面禁止という強行措置に出たために、資源のない日本は、対米戦争を決意し、東南アジアにおける南方資源の確保と継続した日本本土への資源の運搬及びアメリカとの早期和解を実現しなければならなかった。これが太平洋戦争を決意した日本国の最重要の目的の1つだった。つまり戦争目的とは政治において決定されるべきものであることがわかる。しかし、クラウゼヴィッツは、戦争の目的を軍事指導者が決定すべきかのように戦略を定義している。(少なくともそのように見える。) この点に関して、リデルハートはクラウゼヴィッツの戦略の定義について、戦略そのものが、政策の分野すなわち戦争を遂行すべき最高の分野に冒し入っていることが誤りであると指摘している。もともとこの分野は必然的に政府の責任に属するべきものであり、軍人に責任を負わせるべきではないと言及している。
また、クラウゼヴィッツの戦略の定義の欠陥として、戦争目的を達成する手段を諸戦闘に限定していまっていることが挙げられる。(少なくともそのように誤解される書き方である。)この戦争の目的と諸戦闘という手段が混合した結果として、「戦争においては一個の決定的戦闘に対して、他のあらゆる考慮を従属させるべきである」という考えに至るクラウゼヴィッツの信奉者を増加させ、第一次世界大戦の大被害を招いたのだとリデルハートは指摘する。
一方で、ドイツのモルトケは、「戦略」の定義をクラウゼヴィッツよりも明確かつ賢明に述べている。政治が軍事部面に干渉することを可能にするため、モルトケは戦略の定義を「見通し得る目的の達成のために、一将帥にその処分を委任されたところの諸手段の実際的運用」であると規定した。これによって、軍司令官の責任は、その委任された作戦域内において、分与された兵力を戦争政策の利益に対し最も有利に適用することに限定される。よって、戦争は政府の政策に基づいて制限されることになるので、クラウゼビッツのように、必ずしも戦略は敵の軍事力の覆滅の要望をその単一目的すべきものではないということになるのだ。
以上を踏まえた上で、リデルハートは戦略を次のように簡潔に定義している。「戦略とは、政略上の諸目的を達成するために軍事的手段を分散し、適用する術である。」リデルハートにとって、戦略とはあくまで、軍事指導者が責任を負うべき範囲で限定されるべきで、戦略を制限する戦争目的は政治の政策に分野において決定されるべきものである。次に、リデルハートは戦略の高次元の存在として、大戦略というものを定義している。大戦略とはある戦争のための政治目的を達成に向かって調整し、かつ指向することことであり、軍事分野の戦略をより高次元から限定すべきものである。よって、大戦略とは軍隊を維持するために、国家の経済資源及び人的資源を計量し、開発すること、国民の意欲を高揚させること、各軍隊間及び軍・産業間における資源の配分を決定することなどがあり、以上の例から、戦略は大戦略の目的を達成する手段の1つにしか過ぎないということがわかる。
戦略(軍事的な純戦略) について
以上のように、戦略と大戦略の定義を踏まえた上で、戦略(軍事的な純戦略) について考えてみよう。まず、戦略とは軍事的手段を利用して、政略上の目的を達成にすることにある。よって、政略上の目的が何であれ、戦争している当事者が軍事力を使用する事で、自己の目的を達成するために考える事は「相手の抵抗の可能性を消滅させること」と言い換えることができるだろう。戦略はこの目的を達成するために、「運動」及び「奇襲」の要素を利用する。リデルハートは運動と奇襲を次のように定義している。
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運動:物質的分野に属し、時間・地勢・輸送力という諸条件についての計算に依拠するもの
奇襲:心理的分野に属し、物質的分野よりもはるかに困難な計算であるところの、それぞれの場合により変化して敵の意志にも影響を与えると考えられる多種多様の諸条件の計算に依拠するもの
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ここで、戦略の目的「相手の抵抗の可能性を消滅させること」について考えてみよう。戦略の目的がこのように定義された場合、敵の武装兵力の破砕のみが戦争における堅実な目的であると考えるクラウゼヴィッツの思想もリデルハートが定義する戦略の目的の一部を構成するに過ぎないことがわかる。敵の武装兵力を破砕することによって、相手の抵抗可能性を消滅させることは可能であるが、逆に相手の抵抗可能性を消滅させるために、敵の武装兵力を破砕することのみが最も有用であると限らないからだ。逆にそのような固定的な観念に囚われることで大失敗した史実が日本にも存在する。大日本帝国海軍の艦隊決戦主義がそれである。太平洋戦争は空母の時代であり、より端的に言えば、航空機の時代であったにも関わらず、海軍内の官僚的硬直性から艦隊決戦主義を見直すことができなかった大日本帝国海軍が、本国を滅亡させたことは歴史の教訓として我々は記憶に留めておかなければいけない。一方で「相手の抵抗の可能性を消滅させること」に重点をおいて、正面突破を避けることで、少ない犠牲で多大な功績を与えた史実も存在する。第二次世界大戦におけるドイツ軍の対フランス戦略プラン(マンシュタインプラン)は前回のコラムでも紹介したので、是非今一度ご確認頂きたいと思う。この戦争は世界の戦略の歴史において、最も驚異的で劇的であった戦いとして数えることができる。

-フランス侵攻作戦-
秘匿名称「ケース・イェロー」
1940年、ドイツ軍はグーデリアンのセダンにおける奇襲的中央突破に引き続いて、アミアンに入り、アッペヴィルを越えて海岸に到達し、ベルギーにある連合軍の交通線を遮断することに成功した。これによって、欧州大陸における連合軍の全面的崩壊を確実にしたのである。本作戦において、ドイツは6万人の死傷という少ない犠牲で、100万人の捕虜を獲得する事に成功したのだから、敵の破砕は必ずしも事態の決着や戦争目的の達成のために不可欠なものでないことが証明された。「軍事的手段が大戦略の目的にとって諸手段のうちの1つの手段に過ぎないのと全く同様に、戦闘は戦略の目的にとって諸手段のうちの1つであるに過ぎない。戦闘に訴えることが適している状況においてはそうすれば通常最も迅速に効果をおさめる事ができるが、状況がそれに適していない場合に戦闘手段に訴えることは稚拙である。」とリデルハートは指摘する。グデーリアンによるセダンにおける奇襲的中央突破によって、戦略の目的は「相手の抵抗の可能性を消滅させること」であることは証明されたが、「相手の抵抗の可能性を消滅させること」とは一体どのような状態になることを意味するのだろうか? 将棋で言う所の"詰んだ状態"になれば、相手の王将を取らなくても相手の敗北は決定する。つまり、これは味方が敵軍よりも、有利な戦略的状況に位置した事を意味する。そのような状況になるためには、相手を撹乱させることが重要となってくる。「撹乱の結果として敵の崩壊又は戦闘における敵破砕の容易化が起こるであろう。敵の崩壊のためには一部において、戦闘手段を必要とするかも知れないが、しかしそれは戦闘の性格を持つということではない。」とリデルハートは指摘する。つまり、戦略の目的は相手を"撹乱すること"にあると言い換えることができる。
戦略における行動について
それでは、どうすれば相手を撹乱させることができるのであろうか?
「物質的分野又は兵站的分野においては(a)敵の配備を混乱させ、敵に正面の急遽変更を強制することによって敵兵力の配備及び組織を撹乱し、(b)敵兵力を分断し (c)敵の補給を危機に陥れ、(d)敵がその必要に応じて撤退して基地又は本国内に地歩を占めるために利用し得る路線を脅威するという運動の結果としてこの戦略的撹乱が生み出される。(戦略論-間接アプローチ)」
撹乱はこれらの数個の諸効果のうちの1つによっても生み出されるかもしれないが、数個の諸効果の結果として生み出される方がずっと多いとリデルハートは指摘する。先ほど言及したグデーリアンによるセダンへの奇襲的中央突破は、(a)-(d)における全ての条件を満たしていたのだから、英仏軍がどれほど混乱状態に陥ったのかということは想像に難くないであろう。そのような物理的効果を敵軍に与え続けた結果として、敵軍が不意に不利な状態に陥れられたと認識して、相手のこの行動に対して、対抗できないと感じた場合、その印象は強烈なものとなり、物理的な効果が敵軍を心理的に撹乱させることになる。これとは逆に敵の正面に対して、直進的に運動する行動は敵の心的状態及び行動をどのように変化させるかというと、「敵の正面に対して、直進する運動は敵の物理的及び心理的バランスを固めさせるものであり、固めさせることは敵が抵抗力を強化する事である。(略)この方式では、その最大限においても敵に対してショックを与えるというよりもむしろ緊張を課するものである。(戦略論-間接アプローチ)」
先の第一次世界大戦で、西部戦線は塹壕戦に突入する事で、多大な被害を生む結果となったが、これは敵の正面に対して、単に直進する行動でしかなかった。それでは、敵の正面を迂回して、敵の背後の周りこみさえすれば、相手を撹乱させることができるので、多大な戦果を得ることはできるのではないのかというと、その背後に回り込む行動自身が、直接的に指向されている場合(相手の予測通りの行動)、簡単に敵は配備戦線を変更する事ができるので、その結果、その行動は敵の正面に対する直接的アプローチにしかなり得ないのである。
よって、撹乱攻撃を成功させるためには、牽制と定義される行動が必要とされる。第二次世界大戦における西部戦線において、ドイツ軍(A軍)はアルデンヌを通過して連合軍の背後回り込むことを企画・実行したが、本作戦が成功したのはB軍集団が、ベルギー、オランダへの正面攻撃を行い、十分にイギリス、フランス軍を引きつけていたからである。間接アプローチを成功させる重要な要素として、この牽制と呼ばれる行動は重要になってくるが、この牽制の目的についてリデルハートは、「牽制の目的は、敵から行動の自由を奪うことであり、そしてこれは物理的及び心理的な両分野において実施すべきことである。物理的分野においては、牽制は敵の兵力の拡散又は敵の中の無益な目的への逸脱を生起させるべきであり、その結果、敵はその兵力を過広に分散するとともに至る所に突っ込みすぎるため、自らの決定的に企画していた運動に出る事が出来なくなってしまうのである。(戦略論-間接アプローチ)」と指摘している。またリデルハートは戦略の柔軟性を確保するためにも、主要な作戦と予備の作戦を常に切り替えるように作戦をそれに沿った形で進めなければならないことも強調している。
交通線の遮断
太平洋戦争において、対米戦争を決意した大日本帝国は民族の「自存自衛」を東南アジアからの海上輸送 (石油、石炭、ボーキサイトなどの資源輸送)に依存していた。よって、この東南アジアと日本を結ぶ海上シーレーンは日本の生命線となっていたのだが、アメリカは日米開戦後すぐに、「無制限潜水艦作戦」を発動し、日本の輸送船をことごとく沈める作戦を取った。この海上シーレーンという生命線の命脈が途絶えた1945年8月に大日本帝国はポツダム宣言を受諾し、連合軍に降伏した。海上における交通線の破壊は主に潜水艦隊によって行われたが、リデルハートは陸上における交通線の破壊を機械化部隊に期待した。補給の流れを阻止するために、路線を爆破するのみではなく、列車及びトラック輸送団に対する迎撃や迎撃の脅威が機械化師団の最も効果的な目標点として有効であるとリデルハートは認識していたのである。彼の理論が実践で成功した実例として、ドイツ軍の対フランス侵攻作戦(マンシュタインプラン)が取り上げられている。「これらの演繹的結論は第二次世界大戦の経験によって実証された。なかんずく、独軍主力の遥か前方を先駆していたグーデリアンのパンツァー(機甲)部隊が、連合軍の遥か後方の地点であるアミアン及びアッペヴィル(この両地で連合軍の2本の交通線がソンム河を超えていた。)において、連合軍の交通戦を遮断し、連合軍を物理的にも心理的にも破滅的な麻痺状態に陥れたことは、その最たる実証であった。(戦略論-間接アプローチ)」とリデルハートは指摘している。
戦略及び戦術の神髄
以上より、戦略の目的は相手を"撹乱させること"とリデルハートは定義したが、一方で戦争の原則として、戦力を集中させることの重要性を指摘している。事実上これは、「相手の弱点」に対する戦力の集中である。「弱点に対する力の集中は対手の力の分散によって左右されるべきものであり、対手の力の分散はまたわが方の外見上の分散及び分散の部分的効果によって引き起こされる。わが方の分散、敵の分散、わが方の集中ーこれらは因果関係を構成するものであり、その1つ1つが結果として生まれる。真の集中は計算された分散のもたらす結実である。(戦略論-間接アプローチ)」この原則を実践するために、リデルハートは次の積極面6ヶ条、消極面2ヶ条を提示している。これらの原則の底流にある真理は、「撹乱」と「戦果の拡大」であるとリデルハート指摘している。まず、撹乱によって味方の好機を作り出し、この時に、敵が受けた打撃から、立ち直らない間に、戦果を拡張させることが重要であるという。敵軍を混乱させ、味方の戦果を拡大させるに際して、わが方の分散、敵の分散、わが方の集中を効果的に実行しなければいけないのだが、1つ使用方法を間違えば、ナポレオンが得意とした内線作戦によって、各個撃破される可能性もあり、十分な訓練が戦争の原則のもとで行われなければいけないことは言うまでもないであろう。
積極面6ヶ条
1.目的を手段に適合させよ。
「目的を決定をするにあたっては、明確な見通しと冷静な計算とを重視すべきである。「消化能力以上の貪欲」は愚である。軍事的英知は「何が可能か」を第一義とする。それゆえ、誠実を旨としつつ、事実に直面することを学ぶべきである。(略) 」無理な作戦立ててはいけないということ。不可能な作戦を精神論でなせばなる的に押し通すのはやめなさいということを積極面第1ヶ条で、リデルハートは述べている。
2.目的を常に銘記せよ。
「計画を状況に適合させる間、常に目的を明記しなければいけない。目的達成のために方法は1つではなくてそれ以上あるが、しかしいかなる目標も必ず目的に指向されるように細心の注意を払う事を忘れてはならない。(略)」
目標が目的に取って変わるということは日常生活の中でしばしば体験することがある。例えば、環境問題を解決するために、大学に行きたいと考えていた学生が、その目的を忘れ,受験勉強で成功するという目標自体が目的に取って変わられて、名声の高い大学に入学したものの、他の大学の方が環境問題を学ぶ上で適しているなんてことはよくある。リデルハートは積極面第2ヶ条で「初心忘れるべからず」と戒めているのである。
3.最小予防線(最小予期コース)を選択せよ。
「敵の立場に立ってみる事に努め、敵が先見し又は先制することが最も少ないコースはどれであるかを見よ。(略)」
計算だけでは決して計測することはできない相手の心理面を考慮に入れろということをリデルハートは積極面第3ヶ条で述べている。常に相手の立場に立って相手がどのように行動するのかを予測することが重要なのだ。
4.最小抵抗線を乗ぜよ。
「わが方の基本的な目的に対し寄与すべき目標へ指向されているという条件を充たすところの最小抵抗線を利用すべきである。(戦術においては、この金言は予備兵力の使用に適用し、戦略においては随時の戦術的成功の利用に適用するものである。)」
相手の弱点を徹底的に攻撃せよとリデルハートは積極面第4ヶ条で述べている。
5.代替目標への変更を可能にする作戦線をとれ。
「こうすれば、敵をジレンマの立場に追い込み、敵の守備の最も薄い目標を少なくとも1つは攻略できる機会を確保するところまで、進む事ができ、またそれを手がかりとして逐次攻略することが可能となろう。(略)」
例えば、攻撃目標が1つしかないのであれば、攻撃される側にとってはその目標地点に全兵力を集中すればよいので防備することは比較的用意であると言える。しかし、相手がどこを攻めてくるのか全くわからないとしたら、守備兵を分散しなければいけないので、攻撃する側にとっては、各目標地点を個別撃破することも可能になる。
6.計画および配置が状況に適応するよう、それらの柔軟性を確保せよ。
「わが方の計画は、成功を収めた場合もしくは失敗に陥いった場合又は部分的に成功を収めた場合において次のステップを予見し、それを生み出すべきである。わが方の配備(又は隊形)は最も短時間のうちに次のステップの利用、換言すれば状況への適合を許すようなものにすべきである。(略)」
作戦が成功した場合、失敗した場合、部分的に成功した場合など、結果がどのようになってもそれらに対して対応できるように、作戦に対して十分な柔軟性を確保すべきだとリデルハートは積極面第6ヶ条で述べている。
消極面2ヶ条
1.対手が油断していないうちはー対手がわが攻撃を撃退し又は回避できる態勢にあるうちは、わが兵力を打撃に投入するな
「非常に劣勢な対手に対する以外には、対手の抵抗力又は回避行動が麻痺状態に陥らない限り、効果的打撃を加えることは不可能であるということは歴史上の経験の示すところである。であるからこのような麻痺状態が十分に進行していない限り、いかなる指揮官も敵に対する真面目な攻撃を発起すべきではない。麻痺状態は敵の組織の崩壊及び精神面での組織崩壊の同等物である指揮崩壊によって引き起こされる。(略)」
正面突破の攻撃方法は味方の被害が甚大であるから、極力避けよとリデルハートは消極面第1ヶ条で述べている。まずは心理面などの間接アプローチで相手の抵抗力削いだ上で、効果的な打撃を相手に与えることが非常に重要なのである。
2.一たん失敗した後は、同一の線(又は同一の形式)に沿う攻撃を再開するな。
「単なる兵力の増強は必ずしも新規の線に沿う攻撃を意味しない。そのわけは、敵もまたその休止の間において自己の兵力を増強しているであろうことはありうべきことであるからである。わが方を撃退した敵の成功が敵を精神的に強化するであろうことは、さらにもっと有り得べきことである。(略)」
人間というのは一たん、失敗した時に、その原因を自分の努力不足に結論づけてしまい、全く同じ方法で、全く同じ相手と対戦して、また敗北してしまうというケースはよくある。対戦相手も前回と同じ方法で攻撃してくれるのであるから、防御するのも、相手の攻撃方法の予測がつくので、非常に簡単になる。なぜなら、失敗した方法を再度繰り返すのは、相手を心理的に安心させる直接アプローチになってしまっているからだ。一たん失敗した後は同じ方法や形式で再度攻撃を再開するなとリデルハートは消極面第2ヶ条で述べているのである。
ゲリラ戦争
リデルハートは「戦略論-間接的アプローチ」の最終章において、ゲリラ戦争を取り上げている。最も顕著なゲリラ戦の実例としては、ナポレオン軍に対するスペイン民衆の抵抗が有名であるが、第二次世界大戦以後においても、「平和を欲する者は戦争を理解せよ、特にゲリラ形式及び内部撹乱形式の戦争を理解することが重要」とリデルハートは繰り返し強調している。リデルハートがゲリラ戦争を強調する理由は原子爆弾が第二次世界大戦において登場したからである。原子爆弾の登場以前とそれ以後において、戦争のそれ自体に対してどのような変化を及ぼしたのかということを我々は学ばなければならない。
「原子力は、破壊を「自殺行為」の極点にまで高めることによって、戦略の神髄である間接的方法への復帰を刺激し、促進する。そのわけは、間接的方法は、戦争を野蛮な暴力の使用よりも高尚なものに高めるところの知性の資質を戦争そのものに付与するものであるからである。そのような「間接的アプローチ」への復帰の徴候は大戦略が欠如していたとはいえ、第一次世界大戦におけるよりも戦略がより大きな役割を果たした第二次大戦において既に明らかに看取されていた。今や、原子の抑止力は、分かり切った線に沿っての直接行動を抑止する効果を発揮しているため、それは却って侵略側の戦略の巧妙化を助長する結果を招いている。こうして、この原子抑止力の開発は、その開発の進展と同じ態度にわが方における「戦略の力」に対する理解が進む事を条件として行わなければならないことが非常に重要になってくる。戦略の歴史は、根本的に見て、間接的アプローチの適用及びその発展の記録である。(戦略論-間接アプローチ)」

太平洋戦争末期の1945年に日本の広島市と長崎市に2発の原子爆弾が投下された。その原子爆弾の威力が今までの通常兵器と比較して、余りにも無差別でかつ、残虐的に、大量の人間を殺戮してしまうので、第二次大戦後は、兵器としての意味を逆に持ち得ず、戦争の抑止力としての効果しか果たす事はなかった。第二次世界大戦において、世界史に初めて登場した原子爆弾の存在は、第一次世界大戦の西部戦線における塹壕戦と類似していると言えるであろう。当時の西部戦線には、延々と何百kmにわたる鉄条網と塹壕陣地が出来上がり、そこに据え付けられた機関銃の威力によって、ドイツ軍、フランス軍双方のいかなる攻撃突破も片っ端から挫折させてしまったのである。1914年9月にベルギーを突破したドイツ軍が、マルヌ河畔でフランス軍と戦って、シュリーフェン作戦に失敗した後、4年間に亘る塹壕戦が展開されることになった。戦線は数万の人名を犠牲にしても、数十mぐらいしか動かせない有様だったという。この絶望的な膠着状態から脱出する新兵器として、第一次世界大戦末期に登場したのが戦車であった。機関銃の弾丸を全て跳ね返すという特徴を持つ戦車の存在によって、西部戦線において、遂に幾ばくかの機動性が確保されたということになる。一方で、戦争の抑止力として登場した原子爆弾に対して、戦争の機動性を確保するために注目されるようになったのが、ゲリラ戦ということになる。
「ゲリラ戦を抑制するために核兵器使用の脅威をほのめかすことは、蚊の大群を大鉄槌で追い払おうとする話しのように道理に合わない。そういう政策は意味がないことで、その当然の結果は、対抗手段として核兵器を使用できない侵蝕による侵略様式の生起を刺激し助長する事であった。(戦略論-間接アプローチ)」
ゲリラ戦を仕掛けて来る相手に対して、核爆弾を投下するという行為は余りに度が過ぎているため、この時点で核の戦争抑止力としての効果は無効化されたということになる。しかし、ここで、1つ大きな疑問が生じる。ゲリラ戦によって、戦争は第二次世界大戦における「電撃戦」のごとく、機動性を取り戻したと言っても、戦力的に劣っているゲリラ兵が正規兵に勝つ事は果たして可能なのかということだ。筆者は以前から兵器技術によって圧倒的に優越したアメリカ軍が、圧倒的技術に劣ったベトナムのゲリラ兵に敗北したのかが不思議で仕方がなかったのだが、実はこのゲリラ戦というのはアメリカ軍の弱点をついた非情に巧妙な戦い方なのだ。軍事革命(中村好寿著)によると、アメリカ軍の弱点は主に以下の3つが存在するという。
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アメリカ軍の弱点
1. 戦闘による死傷者の発生や民間施設の破壊に対する極度の嫌悪感
2. 国内および国際世論に対する敏感さ
3. 長期戦に戦う用意も意志もない
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これらのアメリカ軍の弱点を踏まえて、ベトナムのゲリラ兵が取った作戦は「ヒット・アンド・ラン」方式である。ベトナムのゲリラ兵はアメリカ軍の爆撃を長距離火力が威力を発揮する前に、部隊を集結し、展開し、攻撃をかけ、急いで撤退することを繰り返した。忍耐強く時間をかけて、相手に出血を強いる戦い方である。ベトナム戦争において、長期戦に持ち込まれたアメリカは結局、当初の目的を果たす事なく、屈辱的な敗退をすることになった。
しかし、ゲリラ戦が戦争の主流となることはないとリデルハートは指摘している。ゲリラ戦は大国に対する弱者の戦略としては非情に有効であるが、一度その戦法が採用されてしまうと、若い世代を中心に大国に対する闘争を通じて、一般的な公衆道徳の規範を破る事を学び、「法及び秩序」の軽視を生じ、その行動は戦争が終わった後でも継続して行われるので、それらの国が国家を再建し、安定状態をもたらすことは非情に困難であるためだ。
軍事における革命と間接アプローチ理論
今までは、リデルハートの戦略論に基づいて、間接アプローチ理論を学んできたが、21世紀において間接アプローチ理論はどのように発展するのであろうか? ここからはリデルハートの「戦略論」以後の話しであるから、現在を生きる我々自身が考えなければいけないのだが、軍事革命 (中村好寿著)によると、情報化社会の到来によって、軍事分野においても革命的な変化(軍事革命)が起きたという。軍事革命が起きる条件としては、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
軍事革命が起きる条件
1. 革命的な兵器が登場し、その兵器の影響を受けて、軍隊の運用法や編成・組織にも大きな変化が起こった場合
2. 軍隊の運用法や編成・組織における革新が「軍事革命」をもたらした場合
3. 社会の生産様式が変化し、その影響が軍事分野に及んで起こった大変化で、戦いの性格を変えた場合
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1の例としては、核兵器の登場によって、「抑止戦略」といわれる軍隊の運用法と軍隊組織が生み出されたことが挙げられる。2の例としては、グーデリアンによる電撃戦が有名である。そして、3の事例として、産業革命を挙げることができる。産業革命によって、大量生産が可能となり、工業型の「軍事革命」が生み出されたのである。今回、情報化社会の到来によって引き起こされる軍事革命はこの3に分類されることになる。
「工業化時代の戦争では、相手国の「軍隊の撃破」が戦争の目標として追求されてきた。軍隊を撃破すれば、国民や領土を、攻撃側は自動的に手中に収めることができるし、反対に防御側は、撃破に成功すれば、相手国の手に落ちる事を拒否する事ができるからである。しかし、情報化社会における戦争では、「軍隊の撃破」ではなく、非軍事目標を攻撃して、相手国の国家機能を麻痺させることが追求されるであろう。軍事革命(中村好寿著)」
21世紀の軍事革命は間接アプローチ理論の延長上にあると言えるであろう。なぜなら、戦争の目標は相手国の陸海空軍を撃滅させることではなく、相手の国家機能を麻痺させた後、情報革命によって編成・訓練された軍隊によってその国を征服してしまうことなのである。例えば、この本には日本が情報革命によって組織化された国に攻撃された場合を次のように想定している。軍事革命軍(RMA軍)の政府が開戦を日本に決意した場合、兜町の証券取引所や、東京駅の輸送指令センター、さらにKDDIやNTTの中継所といった目標に対して、同時にサイバー攻撃をかけて、日本の金融機能、交通機能、情報・通信機能を麻痺させて大混乱に陥れるというものである。
21世紀の軍事革命軍の戦い方は、第一次世界大戦で戦車と急降下爆撃機を一体にして、運用しかつ戦車部隊と自動車化歩兵部隊からなる新組織、機甲師団を編成して、敵の指揮・統制機能を麻痺させる戦闘教義を開発したドイツの電撃戦を連想させる。今世紀は情報革命によって誕生した新たなサイバー攻撃という間接アプローチが戦闘方式の主流となるというのだ。情報化社会の軍事指導者は、敵国を次のような5つの組織が有機的に結びついた組織体として捉えると中村好寿氏は指摘する。
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国家を構成する5つの有機的組織
1. 政府機関のような国家指導組織
2. 食料、資金、電力、天然資源といった、国家のエネルギー組織
3. 交通、通信、教育、製造施設といったインフラストラクチャー組織
4. 敵愾心や絶望感を生む住民組織
5. 打撃に対して対応力のある軍事組織
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国家をこれらの有機的な組織体と捉えるならば、情報化社会の軍事指導者はこれらの5つの組織のうち、戦争目的に直接的に影響を及ぼしかつ、もっとも脆弱な組織に打撃を加えようとする。リデルハートは積極面第4ヶ条:最小抵抗線を乗ぜよという金言がここで適用されることになる。例えば、戦争の指導の役割を担っている国家指導組織の情報システムが完全に敵軍のサイバー攻撃によって遮断された場合、その機能は無能化し、一気に大混乱状態の陥ることになる。それに迅速に移動して来た軍事革命軍(RMA軍)によって、国家の主要地域が制圧された場合、戦わずして敗北を喫することになるであろう。第二次世界大戦において、ドイツの電撃戦によって、予想外の短期間で降伏することになったポーランド、ベルギー、フランスの敗北が、今世紀においても再現されることになるに違いない。リデルハートの「戦略論-間接アプローチ」を学ぶことは、現在においても、ある一定の知識層の人間にとって必要不可欠であると私は考える。




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