メタンは、水蒸気と二酸化炭素についで、最も影響力のある温室効果ガスである。しかし、メタン濃度変動のメカニズムは、二酸化炭素濃度変動のメカニズムほどよくはわかっていない。メタン濃度の不可思議な変動は、研究者の間で、メタンミステリーと呼ばれているが、このメタンミステリーを解くことを試みよう。
1. メタン濃度の急激な上昇
メタンの濃度は、二酸化炭素の濃度よりも上昇率が高い。
The measured concentrations of the three greenhouse gases fluctuated only slightly (within 4% for CO2 and N2O and within 7% for CH4) over the past millennium prior to the industrial era, and also varied within a restricted range over the late Quaternary. Within the last 200 years, the late Quaternary natural range has been exceeded by at least 25% for CO2, 120% for CH4 and 9% for N2O.
三つの温室効果ガスの測定された濃度は、産業革命以前の過去一千年間、ほんのわずかな範囲(二酸化炭素と亜酸化窒素は4%、メタンは7%以内)でしか変動しなかったし、第四紀末でも、限られた範囲内でしか変動しなかった。過去200年の間に、第四紀末の自然の範囲を二酸化炭素は少なくとも25%、メタンは120%、亜酸化窒素は9%超えた。
過去65万年の間、メタンの濃度は、氷期で 400 ppb、間氷期で 700 ppb の間で変動していたが、2005年における二酸化炭素の濃度は、1774.62±1.22 ppb にまで上昇した。
二酸化炭素の濃度の上昇に関しては、その原因が化石燃料の燃焼とセメント製造であることで意見が一致している。では、メタン濃度の上昇はどう説明すればよいのか。そのメカニズムは、二酸化炭素ほど明確ではないので、「メタンミステリー」と呼ばれている [田中 正之:温暖化する地球, p.70]。
もちろん、人間活動を原因とするメタンの発生源は、いくつか候補が挙がっており、近年におけるメタン濃度の異常な上昇を、湿原、シロアリ、海洋、植物などといった自然のプロセスがもたらしたということはありそうにないので、その中から、どれが一番影響力があるかを考えよう。
2. メタン濃度上昇の原因は何か
米国オークリッジ国立研究所のスターンとカウフマンの試算(図1)によると、人間活動を原因とする最大のメタンの発生源は牧畜であり、その次は、稲作とのことである。
| メタン発生源 | 排出量 | ピーク年 |
|---|---|---|
| 畜産 | 113.1 | 1994 |
| 稲作関係 | 100.8 | 1994 |
| 採炭 | 49.5 | 1989 |
| 埋め立てごみ処理 | 40.3 | 1994 |
| バイオマス焼却 | 38.0 | 1988 |
| 天然ガスの燃焼と漏出 | 29.3 | 1973 |
| 燃焼を除く石油・ガス供給システム | 18.0 | 1994 |
人間が牧畜用に飼っている牛や羊などの反芻動物は、腸内発酵で発生したメタンを放出しているし、水田も嫌気性発酵を促進している。牧畜と稲作は、どちらも人口を変数とする関数であり、人口が増えれば増えるほど、肉や乳製品や米に対する需要が増える。また農業一般の廃棄物は、その腐敗の段階で、大量のメタンを出す。埋め立て式ごみ処分所も大きなメタン発生源である。
大気中のメタンのほとんど(70%)は、生物による発酵を発生源としているが、それ以外にも、メタンは、バイオマス燃焼、採炭、天然ガス/石油精製所からの漏出により排出されている。しかし、これらの非発酵型のメタン排出量は、農業や廃棄物から発酵により出るメタンの量ほど多くはない。
メタンは、一度排出されると永久に大気に残るというわけではない。メタンは、大気中のOHラジカルと反応することで消滅する。大気中のOHラジカルは、光分解されたオゾンが水蒸気と結びつくことで生み出される。自動車や工場などから出される一酸化炭素は、大気中のOHラジカルと反応することで、これを消滅させ、結果として、メタン濃度を高める。しかし大気に放出される一酸化炭素の主要な源泉は、火山と山火事であり、これで、メタン濃度の急激な上昇を説明することは難しい。
3. メタンミステリーの新バージョン
以下の図に表れているように、メタン濃度の上昇率は、1991年以降、低下し始め、1999年以降はゼロ近くになり、メタン濃度は横ばい状態になっている。この原因が何なのかがよくわからず、新たなメタンミステリーとなっている。
フランスのオブザーバトヮール・ド・パリは、メタン濃度の変動要因を分析して、次のような結論を出している。
La reduction du taux de croissance atmospherique de CH4 est expliquee par une reduction des emissions anthropogeniques dans les annees 1990. Depuis 1999, les emissions anthropiques augmentent de nouveau, surtout en Asie du Nord. Cependant, le taux de croissance de CH4 reste faible a cause d'une reduction simultanee des emissions liees aux zones inondees, probablement a cause de secheresses recurrentes.
メタン濃度の増加率の減少は、1990年代における人間による排出の減少によって説明できる。1999年以降、人間による排出は、とりわけ北アジアにおいて再び増加に転じた。だが、同時に起きた湿地帯での排出の減少により、メタン濃度の上昇は抑えられた。湿地帯での排出が減ったのは、おそらく乾燥化が再発したためであろう。
図3を見ると、1991年に上昇率が急激に高くなっているが、これは、この年にフィリピンのピナツボ山が大規模な噴火を起こし、大量の一酸化炭素を空中に放出したことで、OHラジカルによるメタンの破壊が阻害されたからである。ではその後、上昇率が低迷しているのはなぜなのか。
原因は、いろいろ考えられる。世界の人口は、70年代以降、増加率を減らしている。バイオマス燃焼、採炭、天然ガス/石油精製所からの漏出によるメタンの発生も減っている。しかし、これだけでは不十分だし、第一、なぜ「1999年以降、人間による排出は、とりわけ北アジアにおいて再び増加に転じた」のかが説明が付かない。北アジアといえば、シベリアのことであるが、シベリアに何があったのだろうか。
1991年は、ソ連が崩壊した年である。ソ連は、それまでシベリアのタイガを大量に伐採していたが、ソ連経済は80年代後半から急速に悪化し、国内需要の急減に伴い、伐採量が減少した。これが、ソ連崩壊後、シベリアからのメタンの放出を減らしたのではないだろうか。
ロシア人の森林伐採の方法は、荒っぽい皆伐で、伐採跡地への植林は、ほとんど実施されない。切り倒した森林の半分は、利用せず、その場に放置し、腐るに任せる。木材は、腐敗するとメタンを放出する。それだけではない。地下10メートルほどの深さにある凍土層には、高濃度のメタンが、メタンハイドレート(水分子によって包接されたメタン分子)の形で眠っている。皆伐で地面が日光に対して剥き出しになると、メタンハイドレートが溶けて、メタンを放出することになる。
現在、ロシア国内の木材需要は相変わらず伸び悩んでいるが、ソ連崩壊後にできた民間企業は、アジア、特に日本向けに輸出する木材を手に入れるために、無秩序に伐採を行っている。「1999年以降、人間による排出は、とりわけ北アジアにおいて再び増加に転じた」のは、このためなのかもしれない。
もう一つ考えられるのは、ロシアによる天然ガス開発である。ロシアの天然ガスの生産量は、ソ連崩壊直前の1990年にピークを迎えた後、減少し続けたが、近年のエネルギー価格の高騰を受けて、再び増えつつある。天然ガス/石油精製所からの漏出によるメタンの発生は、世界全体では減りつつあるが、ロシアの設備はお粗末であるから、北アジアに限ってみれば、天然ガス増産に伴って、漏出メタンの量が増えていると考えることができる。
4. メタンハイドレート対策
メタンハイドレートは、永久凍土に含まれている以上に海底に含まれている。地球温暖化により、水温は上昇しつつあり、海底に閉じ込められたメタンハイドレートが溶けて、大気にメタンを放出する現象が確認されている。
海底から噴出するメタンがただちにメタンハイドレート化し、その後海水中を上昇して、最後は浅層で分解する様子を、世界で初めてビデオ撮影することに成功した。
新潟県上越市沖の海底から600mの高さにまでメタンガス気泡の柱(=メタンプルーム)を噴き出しているメタン噴出孔を無人探査機で調査した。そこでは、メタンは噴出後、直ちにメタンハイドレートに変わっていることが初めて明らかになった。深海底から湧き出したメタンは、通常は海水に溶解し、やがて酸化されて炭酸となるため、メタンとして表層に達することはないとこれまでは考えられている。しかしながら、上越沖では、気泡全体がメタンハイドレート化し、あるいはメタンハイドレートの皮膜で覆われるため、海水に溶けることなく浅海層にまで運ばれることが分かった。このことが、本海域の浅海層のメタン濃度異常の原因と考えられる。
メタンの温室効果は、二酸化炭素の21倍もある。2億5千年前のペルム紀/三畳紀(P/T)境界の大量絶滅(生物種の約9割が絶滅)では、温暖化がメタン濃度を高め、それが更なる温暖化をもたらすという暴走的な温室効果(runaway greenhouse effect)により激しい気温上昇(地球の平均気温は23℃にまでなった)が起こったと言われている。こうしたポジティブフィードバックを事前に防ぐためにも、メタンハイドレートを、気化する前に採掘し、燃料として利用するということを真剣に考えたほうがよいだろう。
天然メタンハイドレートは世界に広く分布し、その資源量は莫大である。日本周辺のメタンハイドレート資源量は、日本が現在消費している天然ガスの約96年分あると見積られている。メタンは、クリーンなエネルギー源で、直接燃焼させても環境負荷が低いし、低コストで水素を取り出すこともできる。日本のエネルギー自給率を高めることができるというのも魅力的である。もしも「メタンハイドレートの実用化は、原油価格が1バレル40―50ドル程度で採算にのる」[日経新聞:2007年3月5日]というのが本当なら、もう既に採算ラインに乗っているということになる。もしも採算が取れるかどうかあやしいとしても、温暖化対策として検討する余地がある。
| 書名 | 温暖化する地球 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 田中 正之 |
| 出版社と出版時期 | 読売新聞社, 1989/12 |
| 書名 | メタンハイドレート―21世紀の巨大天然ガス資源 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 松本 良 他 |
| 出版社と出版時期 | 日経サイエンス社, 1994/01 |





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