中国第二の大河、黄河の下流が断続的に干上がるという現象が90年代以降、顕著に見られるようになった。中国では、これを黄河断流という。最近は状況が改善されてきたようだが、黄河断流は、動植物の生態系や流域に住む1億7000万人の生活に大きな影響を与えるので、黄河が消滅しないように、有効な対策を採ることが望まれるが、そのためにも、まず原因が何であるかということころから考えなければならない。
1. 黄河断流の原因は地球温暖化か
黄河断流は、1970年代から見られるようになり、1990年代に、頻繁かつ長期的に見られるようになった。黄河だけではなく、中国北部の多くの川が干上がっている。環境文明研究所所長の加藤三郎は、次のように述べている。
地球温暖化の影響により、乾燥地域はますます乾燥化し、湿潤地域はより降雨量が多くなるという傾向が強まってきている。こうした現象がいま、まさに黄河で起きつつある。断流は地球温暖化の警戒すべきシグナルとして重く受け止めるべきだ。
中国政府の対外向けラジオ放送である中国国際放送局も、地球温暖化が原因で旱魃が起きているという見解を示している。
地球温暖化の影響を受け、中国の気象災害による経済損失は、すべての自然災害の70%を占めています。そのうち、旱魃による損失が最も大きく、50%に達しました。
中国気象局によりますと、ここ数年、中国では旱魃が頻繁に発生しました。特に、北方では1999年から、ほぼ毎年旱魃が発生しています。中国気象局が8月に発表した情報によりますと、今年春、寧夏回族自治区と甘粛省東部では5年連続で、旱魃が発生し、雲南省では20年間で最もひどい旱魃が発生したということです。また、今年の夏に重慶と四川省では1951年以来の最もひどい旱魃が発生しました。
中国政府としては、旱魃の原因を地球温暖化に求め、自国の災害の責任を、二酸化炭素を大量に出している先進国に転嫁したいという狙いがあるのかもしれない。
はたして、黄河断流の原因は地球温暖化ということができるだろうか。地表面が温暖化すれば、水の蒸発量も増えるが、蒸発した水は、宇宙に消えてなくなるわけではなくて、雨としてまた地表面に戻ってくる。だから、地球全体では降雨量が増える。IPCCのレポートによれば、地球温暖化にともなって、北半球の中高緯度地帯の大部分で、10年間で0.5~1%、降水量が増えている
[Climate Change
2001: The Scientific Basis]。光合成の材料である水と二酸化炭素が増えるのだから、地球温暖化は、地球の緑化を促進するはずである。
もとより、地球が温暖化すると、乾燥化する地域もある。所謂中緯度高圧帯は、温暖化に伴う降雨量の増加の恩恵を受けないから、温度上昇に伴う蒸発量の増大に伴って、乾燥する傾向にある。しかし、黄河流域は、中緯度高圧帯よりも北に位置するので、これで説明するのはやや困難を伴う。黄河流域と同じ緯度の地域で同じ現象が起きているわけではないのだから、他に原因を探さなければならない。
2. 人口増加がもたらした黄河流域の沙漠化
では、黄河断流の原因は何か。まずは、以下のグラフを見られたい。
人工消費率というのは、黄河の自然流量のうち、人間が使っている水の割合のことで、当然のことながら両者の間には相関性がある。また、このグラフから明らかなように、人工消費率は長期的に上昇トレンドにある。これは、黄河の自然水量が減っているというよりも、むしろ人工消費量が増えているからで、その原因としては、人口増加が考えられる。
中国の人口は、1949年の建国当時、5億4000万だったが、「人口が多いのは武器」という毛沢東(1893-1976年)の人口資本説に基づいて、野放図に増やされ、毛沢東の死亡時には人口が9億人を突破していた。このため、1979年から「一人っ子政策」と呼ばれる人口抑制政策が取られ、1971年に5.8だった出生率が2004年には1.75にまで落ちており、人口増加率は抑えられるようになった。もとより、人口増加自体は続き、2005年現在、人口は13億人を超えている。
人口の多さよりも問題なのは、水の利用効率の低さである。
黄河の水の約9割が農業用水にあてられ、過剰な灌漑や用水路の不備などで浪費される水が膨大な量となっている。水の有効使用率は4割以下しかない。
ここにも、毛沢東の負の遺産を見て取ることができる。大躍進期や文化大革命期の経済的技術的合理性を無視した開発のおかげで、中国の農業には無駄が多い。中国の環境破壊というと、1978年以降の改革開放路線による急速な経済成長が原因のように思われているが、人口問題への対処にしても、経済的技術的合理化に関しても、鄧小平時代以降のほうがむしろ事態は改善している。
もとより、毛沢東一人を悪者にするわけにはいかない。黄河断流のもう一つの原因として、森林の消滅による蒸散量の低下や土壌の保水力の悪化を挙げることができるが、黄河流域の砂漠化は、毛沢東時代以前から長期にわたって続いている森林破壊の歴史的産物である。このことを次に見てみよう。
3. 黄河流域砂漠化の歴史的蓄積
黄河流域は、もともとは乾燥地帯ではなかった。殷や周の時代には、黄河流域には、豊かな森林があった。殷墟からは、タイ北部に生息しているアジア象の骨格も見つかっている。かつて、黄土高原の森には、野生のゾウが闊歩していたのである。ところが、春秋戦国時代あたりから森林が開拓によってなくなっていった。
森が豊かだった頃、黄河の水は清らかで、中国人は「黄河」とは言わず、たんに「河」と言っていたが、森林が破壊され、表土が雨で浸食されるようになると、河は濁りだし、「黄河」という名称が使われるようになった。それは漢の時代以降のことである。
春秋戦国時代に諸侯諸国は、国力を高めるために、森を切り開き、田畑を作り、生産力を増大させ、人口を増やした。この時期に中国で鉄器が普及したのは偶然ではない。鉄製の鋤、鍬、斧は木や石で作られた従来品よりも、効率よく開拓ができる。また、この時代の諸侯諸国は、力の象徴として、多くの木造高層建築が造った。漢の時代になって、良質の木材が不足してくると、建築素材として、代わりにレンガが使われるようになったが、レンガの製造に潅木が薪として必要だったから、森林破壊は相変わらず続いた。
私は、砂漠化の原因をすべて人為的とみなす立場を取らないが、黄河流域の砂漠化に関しては、人為的要因が大きな役割を果たしていると考えている。黄河断流も、深刻化する砂漠化の一つの結果として捉えることができる。黄土高原がかつて森林に覆われていたという説を初めて発表した史念海は、次のように言っているが、同感である。
かつての黄土高原は、緑あふれる広大な平原でした。松や柏などの森林が生い茂り、森の周辺には豊かな草原が広がっていました。森は清らかな水をふんだんに貯え、水辺では象や犀そして水牛などが群れ、たわむれていたと思われます。しかしその美しい黄土高原は、今では見る影もありません。森が消え、動物が消え、そして今では人類までもが存亡の危機にあります。黄土高原の人々は連年の旱魃に苦しみ、さらには耕地の砂漠化に怯えています。ここ数年では、あの黄河の水までもが断流するほど乾燥化が進んでいます。2000年におよぶ森林破壊の報いを、今、我々が受けているのです。
4. 中国は自国民を養い続けることができるか
中国政府は、1999年以降、黄河断流の対策に乗り出し、「水量の統一的管理」を行っている。その結果、中国政府の2006年の発表によると、黄河断流はこの7年間発生していない[中華人民共和国中央人民政府:黄河自実行水量統一調度以后已連続七年不断流]。しかし、水不足の問題自体は解消しておらず、そのため、中国政府は、長江流域の水を中国北部に送る「南水北調」というプロジェクトを推し進めている。
しかし、中国国際放送局が伝えているように、現在の中国では、北部のみならず、従来は湿潤だった南部でも旱魃が起きている。今後、長江流域でも三峡ダム建設に伴う生態系の破壊が進むことを考慮に入れるならば、中国全土が砂漠化するという可能性も否定できない。そうなれば、中国で食べていくことができなくなった環境難民が周辺諸国へ流出するという事態も想定できる。
もちろん、中国人にも生きていく権利はあるし、大躍進の時のように大量の餓死者が出るのは好ましくないが、他方で、13億人を超える民が、バッタの大群のように、緑を食い尽くしながら移動するということになれば、周辺諸国にとっては脅威である。中国政府は、水利用の効率化を図ったり、緑化を推し進めたりして、砂漠化を食い止めるように努力するべきだ。
| 書名 | 中国環境報告―苦悩する大地は甦るか |
|---|---|
| 媒体 | 単行本 |
| 著者 | 読売新聞中国環境問題取材班 |
| 出版社と出版時期 | 日中出版, 1999/05 |




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