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数理科学からみたインフルエンザの脅威(3)

伝染病蔓延に関する集団サイズの効果~「エピデミック(流行)」

 

今回は、伝染病の伝播を問題としている集団の大きさについて、その大きさが伝染病の拡大あるいは終結に与える効果を考察します。

 

まずは、図4に示す数値計算例をご覧下さい。

前回掲載した図1と同様に、感染率βと除去率γがそれぞれ0.0010.1(閾値ρは100)として、横軸に未感染者数、縦軸に感染力のある感染者数をとって、集団サイズの効果を示しています。 

 

Fig4.jpg 

 図4.様々な大きさの集団における1人の感染者(I(0)=1)によるその後の感染者数推移

 

初期段階では、治癒等で感染対象者として除去される人は1人も居らず(R(0)=0)、1人の感染者((0)=1)によって、残る未感染者(0)対象にどれくらい伝染病が蔓延するかをシミュレーションしています。

集団の大きさN 100[]150[]200[ピンク]300[]400[]と増えるにつれ、閾値ρを表す赤線に沿って、対応する最大感染者数は 1[]10[]31[ピンク]90[]161[]と増加することが判ります。

前回記事(2)に記載したように、初期段階での未感染者数S(0)が閾値ρ(=100)よりも小さいと伝染病は拡大しません。けれども、閾値ρよりも大きくなると急激に感染が拡大します。

 

集団の大きさN につれて、急激に感染が拡大することは図5を見ればもっと明瞭です。図5は、感染力のある感染者数の時間推移を示したグラフです。

 

Fig5.jpg 

図5.様々な大きさの集団での1人の初期感染者によるその後の感染者増減の推移

 

驚くべきことに、たった1人の感染者によっても、初期段階での未感染者数(0) (= N1)が閾値ρよりも大きいほど、その後の感染者数は短時間で急増し、そのピーク値(最大感染者数)も大きくなります!この集団サイズ効果こそ、SIRモデルにおける伝染病の「流行」に他なりません。そして、感染症や伝染病がある特定の集団や地方で大「流行」することをエピデミック(epidemic)と呼ぶのですが、このモデルはその状況をうまく数理的に再現しているのです

繰り返しになりますが、感染率(β)と除去率(γ)の比で決まる閾値ρ(=γ/β)よりも、初期段階での未感染者数S(0)が大きいと((0)>ρ)、感染は必ず拡大して伝染病が蔓延します。そして、感染の規模も感染対象集団の大きさ(≒(0))と共に大きくなってしまいます。さらに、集団のサイズが大きい場合、一旦、集団的に伝染病が蔓延すると、その終結(ピークを迎えるのも超すのも)も早くなります。

 

    基本再生産数(基本繁殖率)

 

では、どうして集団サイズが閾値ρより大きいと伝染病の「流行」のようなことが起こりやすくなるのでしょうか? このことを解明するために、前回紹介した高須夫教授の講義資料では、「基本再生産数」という概念を導入してわかりやすく説明しています。

 

伝染病の「基本再生産数」(Basic Reproductive Rate;「基本繁殖率」と訳すこともあります)とは、「感染力のある1人の感染者が、免疫の獲得もしくは(最悪)死亡によりその感染力を失うまでに、何人の未感染者に伝染させたかの人数」に相当する量として導入され、0/ρによって定義されています(前記の講義資料では、記号0を用いていますが、ここでは、隔離者を表す大文字と区別するために小文字を用います)。

 

この定義および前節の結果からすると、0は集団のサイズを閾値ρで除した値となっていて、前節で得られた感染拡大の条件:(≒(0))>ρは、条件:0>1と同じ意味になります。逆に、感染が拡大せずにそのまま終結する条件は0<1と書けます。

言い換えると、感染力を有する感染者1人が1人以上の未感染者に病気を感染させると伝染病が蔓延するのです。

 

厳密には、「感染」と云うときは1人(1個体)の宿主が対象で、2人(2個体)の宿主の片方からもう片方への感染のことは「伝染」と称し、さらに、複数の宿主の間(社会)における伝染を「エピデミック」と云って区別するようですが、基本再生産数0は、まさに、この病気が「感染」に留まるのか(01)、「エピデミック」にまで拡大するのか(0>1)を決定する因子となっているのです。

 

「エピデミック(流行)」という言葉が出てきたついでに、「流行」にも空間的広がりを加味して議論する場合には、多国間にまたがって広範囲で起きるものを「汎発性流行」、「感染爆発」あるいはパンデミック(pandemic)と称し、それよりも狭い地域で起きるものを地方性流行あるいはエンデミック(endemic)と云って区別しています。

 

SIRモデルは、集団における病気の時間的な「エピデミック(流行)」をうまく数理化していますが、そのままでは空間的広がりまでは取り扱えません。未感染者数S、感染力のある感染者数、一旦罹患して治癒し感染力を失った罹患者数を、それぞれ時間および位置(x, y)の関数として取り扱うようにして、空間的効果を取り入れた拡張版モデルが提案されていますが、その説明は本解説の範囲を超えています。

 

    感染を免れた個体数と基本再生産数

 

前回記事(2)でも述べたように、充分に時間が経過すると感染力のある感染者数はゼロに収束し、どんな伝染病も終結します。伝染病終結後、感染を免れたものはどれくらい残っているのでしょうか? 特に、集団サイズとの関連はどのようになっているでしょうか? この疑問に答えているのが、図6に示す数値計算例です。計算の条件、各曲線に対応する集団のサイズなど、図4および図5の場合と全く同一です。

 

Fig6.jpg 

図6.様々な大きさの集団における1人の初期感染者によるその後の未感染者数の推移

 

初期段階での未感染者数が100人の集団では89人が未感染に留まり、同様に、150人では64人、200人では40人、300人では17人と減少していって、400人ではたったの8人しか感染を免れられません!このように、初期段階での未感染者の数が多いほど、最終的に感染を免れた個体数は少なくなります。集団サイズが大きいほど、伝染病が「流行」する結果、感染を免れる個体数は激減するのです。

 

この事情は、SIRモデルを記述する非線形微分方程式(前回記事の式(1))の第1式と第3式を組み合わせて感染者数Iを消去することで解析的にも導けます。すなわち、

 

dSdR S/ρ、 (但しρ≡γ/β)

 

となるので、R(0) = 0の初期条件で積分すると、解析解S(t) = S(0) exp[R(t)/ρ] を得ます。

 

 前回記事(2)の結論[1]「各要素集団の総和は一定で変化しない」、および、結論[5] 「最終的には() = 0となる」を用いると、充分時間が経ったとき(t→∞)、N = S() + I() + R() = S() + R()となり、上記の解析解を用いて、S() = S(0) exp[R()/ρ] = S(0) exp[(N())/ρ] となります。初期段階での感染者数 I(0)は極僅かなので、S(0)Nと近似でき、結局、充分時間が経過後でも感染を免れた個体数S()は、

 

S() = exp[(N())/ρ]

 

と書けます。この式は、集団の大きさと閾値ρを与えれば、感染を免れた未感染者数S()が推定できることを意味します。ということは、一旦罹患して感染力を失った罹患者数も、

 

     R()N S() = S(0) S()

 

によって求まります。

従って、未感染者数(0)のうち、一旦感染して治癒後感染力を失った「罹患者数」R()の比率Πも求めることができて、

 

   Π=R()S(0) =1-S()S(0) 1exp[S(0)Π/ρ] 1exp[0Π]

 

となります。結局、基本再生数0を決めれば、初期未感染者S(0)のうちの「罹患者数」R()の比率(ここでは、「罹患率」と呼ばせて戴きます)が求まります。

 

図7に、基本再生産数0に対する「罹患率」の変化を示します。

 

Fig7.jpg 

 

図7.基本再生産数と「罹患率」の関係

 

基本再生産数0が1より小さい限りは「罹患率」はゼロに留まりますが、0が1を超した値になると「罹患率」は急激に増加し、ほぼ全ての未感染者が伝染病に感染してしまいます。そして、0/ρであったことを思い起こすと、集団のサイズ(≒S(0))が大きいか、あるいは閾値ρが小さい場合には、0が1を超して伝染病の大流行(エピデミック)が起こることが判ります。

 

今回の要点をまとめます。

 

    感染初期段階での未感染者数が小規模な集団よりも大規模な集団の方が、感染拡大が急激でかつ大規模であり、伝染病の「エピデミック(流行)」が起こります。

 

    大規模集団ほど、伝染病が大「流行」するため感染を免れる個体数は激減します。

 

    このような「流行」は、感染力を有する1人の感染者が、大集団を構成する複数の未感染者に病気を感染させるために発生します。その指標を与えるのが基本再生産数(0/ρ)であり、病気が単なる「感染」に留まるのか(01)、「エピデミック」にまで拡大するのか(0>1)を決定する因子となっています。

 

次回は、SIRモデルから求められた上記知見に基づき、合理的な予防策、ワクチンの予防接種率についてどの程度が必要なのかについて考察します。

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コメント(1)

はじめまして。
お邪魔いたします。

数学はよくわかりませんが、グラフで何となくわかりました。
大変興味深いエントリをありがとうございます。

やはり集団が大きくなればなるほど、マスクやメガネ、手洗いうがい等が効果を発揮してきそうですね。
「出歩かない」が一番でしょうけど。

今回のは「弱毒性」のようですが、感染率テストとしては2千万都市で、世界の標準的中興国都市での被害の出方を見られたので、まずまずだったのではないでしょうか。(何が?w

皆さまがおっしゃるように、「次」にどんなのが来るか?

勿論今のワクチンが効くか効かないか不明で、きかない可能性の方が高いでしょうけど。

日本の水際体制を、どのくらい確実なものに作り上げられるか?
が、我が国にとっての今回のよい利用方法なのではないでしょうか。
って、日本政府や官僚にそれを求めるようでは、、まだまだ甘いですか。

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