陽のあたる場所 The Place in the Sun
あらすじ - アメリカの悲劇(1931)
クライド・グリフィスはカンサス市の貧しい伝導師の子として生い育った。貧かったがゆえに彼は早くより自分の生計をたてねばならなかった。あるホテルのベル・ボーイとして働いているなか、上流社会の華麗な生活を日ごと見聞するにつれて彼はつくづく身のまずしさがいやになった。上流社会ーそこには女があり、恋のロマンスがある。と夜ごとに沸き立つクライドの野心は、けれどやはり若干のサービス料を握った彼の夢に過ぎなかった。満たされない者の寂しさ、ベッドの垢の冷たさ、彼はこの寂しさを売笑婦のもとに追いやって不良青年がたどる道を彼もたどって行った。ふとした事件から、クライドはカンサス市を逃げ出さねばならぬハメになったが、偶然にも叔父のサミュエル・グリフィスに助けられて叔父のカラー工場で働くことになった。サミュエル叔父はライカーガスでも屈指の財産家だった。クライドは叔父の許で働く一方、叔父の家庭に足を踏み入れる機会が多かった。そしてクライドがそこに見いだしたものは常に夢想していた上流社会の生活である。殊にこの社会の女サンドラが彼に愛を捧げるようになってからはパーティーや遠乗りの楽しさがクライドには忘れられなかった。クライドもサンドラを愛していたが、それでいて今一歩踏み越せない何ものかがあった。彼はそれを見極めようとしてこの半ば満たされた現在でありながら焦慮と憂鬱に悩まされた。ある日、叔父の工場に1人の女工が雇われた。純情な女工のロバータとクライドは一目会ってからお互いに恋に落ちた。ことにクライドはサンドラに対する自分の満たされたい青春をロバータに打ちまけていった。貧しかったが故に心の相寄った2人には盲目的な溺愛の日が続いた。やがてロバータに幸福が訪れた。彼女はクライドの胤を宿したのだった。そしてクライドに結婚を申し込んだ。今となっては事を解決する方法はロバータと結婚する他に道がない。それだのにクライドはサンドラを思い自分の身分を考え、ロバータと結婚する勇気もなくかえってロバータを自分から退けようと考えた。ある日巧妙な殺人事件を報じた新聞をふと見たクライドは今の自分の悩みを救う為に無分別な計画をたてた。やがて2人は人里遠く離れた山中の湖に出かけて行った。ロバータは初めてクライドの殺意を知って驚き悲しんだ。クライドはロバートの可憐な哀願を聞いては、ともすると心がぐらついた。が、彼は遂にロバータを殺してしまった。彼女が泳げないことを知っていた彼はボートを転覆させてロバータを湖の底に沈めてしまった。そしてサンドラの愛を求めて彼女のもとに走った。が、間もなく彼はサンドラの盛大なパーティーの半ばに検挙された。証拠抹消を企てたはずだったのに、十分な証拠のためにクライドはすべてを自白した。法は彼を殺人罪として遂に死刑を宣告した。人を救い人を善に導くべく努めていた伝導師がわが子を罪から救い得ず、善導できなかった愚かさを悲しんでクライドの母が神に祈りを捧げる声を聞きながらクライドは静かに絞首台へ上っていった。
人類は本当に悲劇が好きだと思う。自分は観客のつもりかも知れない。業の魂というしかない。
もうすぐクリスマスがある。ミサでは必ず読まれる言葉がある。ヨハネ福音書1章1節から18節「始めに言(ことば)があった。言は神であった。この言は、始め神と共にあった。」「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」この言は光でもあり命でもあるが言である。何もしない人間は罪の暗闇に堕ちるべき時かもしれない。今は失うべき時なのかもしれない。日本の未来は今年中の貴方の動きで決まります。
今年できなければ来年は大不況で全く何もできない。社会の汚れはすぐに人々の脳を汚染する。今の判断力より来年の判断力の方が劣化している。だからもう諦める時かもしれない。
私は子供と日本のアニメを一緒に観るのが大好きだ。子供には業が少ない。業とはカルマのことだ。人は大きくなっていくほどにカルマも大きくなる。人間の身、口、意によって行われる善悪の行為を業(カルマ)という。「ぼくらの」というアニメでは15人の少年少女がロボットに乗って戦う。そのエネルギーはパイロットの命だ。だから勝ってもパイロットは間違いなく死ぬ。最後には独りを残して全員が死ぬ。彼らが負ければ地球が消滅する。その理由は膨張した宇宙は間引きが必要だからだ。多くの少年少女は戦う意味を問い続ける。自分の大事な人(恋人や家族)がいるなら心置きなく戦える。しかし、それが存在しないならどうだろう。その重い内容を描いている。地獄少女は藁人形を使って憎い相手を地獄に流す事ができる。しかし、人を呪った人間も同じく地獄に流される。復讐は神の特権であり人がしてはいけない。それを子供にも判るように描いている。立派な作品だと思う。日本のメインカルチャーは政治性もメッセージ性がなく見る価値がない。リスク回避で普遍性がなく世界には通用しない。しかし、サブカルチャーには目を見張る者が多い。
人の都合では悪い事でも、あの世の都合では良い事がある。人は傲慢になってはならない。しかし、人は常に傲慢不遜になる。そして、破滅する。
参考ニュース:09年夏までにドル崩壊??
魂の行方
「闇に惑いし哀れな影よ。人を傷つけ貶めて。罪に溺れし業の魂。いっぺん、死んでみる?」 地獄少女の名文句だ。
アメリカの業は大きくなり、日本人のそれも嘗てないほどに巨大になった。もう、年を越せば手が付けられなくなるだろう。
悲とは、非+心である。非とは羽が左右に反対に開いた状態。両方に別れる事。心が調和統一を失い左右に裂ける事をいう。胸が裂けるような心の状態を言う。
劇とは、虎+豕(イノシシ)+力である。虎と猪が激しく戦う力を示す。劇薬とは強い力のある薬という意味になる。
悲劇とは心の調和統一が崩れて胸が左右に裂ける力が強いという事である。アメリカは来年、間違いなく悲劇に突入する。日本の運命も今年中には決まるだろう。全ては貴方の行動によって来年が決まる。現在(原罪)は過去の結果であり、未来の原因だからだ。
暖かい家があり、食事が取れるなら、どうしてそれ以上を求めるのだろうか.....大名は大名なりの暑さかなという俳句がある。上の人間は上の人間、下の人間には下の人間の幸せと不幸がある。あの時、もう少し勇気があれば間に合ったのにという状態になる確率が非常に高くなった。
「ぼくらの」というアニメの主題歌アンインストールを聴いて欲しい。
あの時 最高のリアルが向こうから会いに来たのは
僕らの存在はこんなにも単純だと笑いに来たんだ
耳を塞いでも両手をすり抜ける真実に惑うよ
細い体のどこに力を入れて立てばいい?アンインストール アンインストール
この星の無数の塵のひとつだと
今の僕には理解できない
アンインストール アンインストール
恐れを知らない戦士のように振る舞うしかない
アンインストール僕らの無意識は勝手に研ぎ澄まされていくようだ
アーティスト:石川智晶
作詞:石川智晶 作曲:石川智晶
恐れを知らぬ戦士となるように生きてきた。そうすると地位が上がりすぎて自由を手に入れたがアンイストール(死の自由)を失った。この星の無数の塵のひとつだと考えて来た。しかし、後継者が育つまで私は私の最も好きな生を実感できる最前線に立つことができない。だから私は引かねばならないのか.....
会社が多くの人間によって成立するように、人間の命も多くの魂が集って構成されている。その入れ物を作るプログラムは遺伝子である。雪の結晶が全て六角形だが形が違うように人の魂も全て違う。だから人の命は大切だ。掛け替えがない。だから死ぬべき時には死ぬべきなのだ。再び入れ物から魂は抜け出ていく。そして、よりよき依りしろに入る。輪廻の転生はあると言えばあるし、無いといえばない。霊魂の不滅もあると言えばあるし、無いと言えばない。これほど面白い人生はないがこれほどストレスが溜まる状況もない。後に託す人物さえいれば私は私の最も好きな場所に立つことができるのに、、、
日本の悲劇を回避したいと思う人は → クリック(オフ会(忘年会)の参加者募集〔取材コラム〕)
恐らくそれが悲劇回避の最後のチャンスとなるでしょう。



