劣化した日本人
今春、栃木県の私立高校に入学したばかりの女子生徒(16)が今年3月、当時まだ中学生だったにもかかわらず、通っていた塾の大学生講師の男とラブホテルへ行ったことをブログで告白し、大騒ぎになった。ブログは現在閉鎖されているが、両者のプロフィルや顔写真が公開されていたことから、ネットユーザーの間では「この男を地元警察に告発しよう」という動きが広がっている。女子生徒は今年3月16日、自身のブログに《今日わ××(講師の実名)とデートだったあ 1時間半しか一緒にいられなかったけど、楽しかった ラブホに連れてかれて、大変だったけどね》などと記述。それ以前にも《ベロチューしまくった》《気持ち良かったし 大好きだよう》《乳首触りすぎい まあ、気持ち良かったからいっか》などと書き込んでいた。
衝撃的な内容をあっけらかんと告白したことに加え、ブログに付いていた女子生徒の写真が非常に美形だったことから、ネット上では塾講師に対する怒りの声が噴出。一部サイトでは女子生徒の自宅住所なども公開される事態になっている。イメージ画像出典:誰も守ってくれない - goo 映画
記事出典:社会-ZAKZAK
もし、子供がいるなら考えて欲しい。親という文字は「木の上に立って見る」と書く。このように真実の情報を書けば中世のように迫害されるなら、親は何も知る事ができなくなるだろう。私はこの女子学生の顔を見たが確かに非常に美形である。中世のヨーロパでは、美しい女性が魔女の烙印を押させれば火刑や拷問により大量に処刑された。日本の中世はそのような事は大規模には発生しなかった。日本人の精神性が高かった為である。しかし、西洋合理主義により日本人の精神も劣化したと感じる。私は悲しい。とても悲しい。平成の日本は本当に、いい男が減った。これはあまりに痛い。誰が痛いかといえば美形故に迫害される女子生徒、そのイケテル彼氏、怒りの声(妬みの声)を上げる多数のイケテナイない匿名男性たちだ。日本がこれから暗黒中世になる可能性は日々上昇している。全てを正常に戻せない。後は清浄な地を守りきれるかどうかの戦いとなるだろう。
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スケープゴートと魔女狩りと西洋哲学
魔女は、体に特殊な軟膏を塗り、箒にまたがって空中を飛び、サバト(宴会)に加わると信じられていた。軟膏は催淫薬、箒はペニス、空中を飛ぶことはオルガズム、サバトは性的オルギーを意味した。こうしたディオニソス的な無秩序は、魔女が性的規範の境界を侵犯することによってもたらされると考えられた。システムと環境の境界が揺らぐ時、システムは危機に陥る。魔女を火あぶりにすることは、システムが自らを環境から差異化し、秩序を再生するために必要な儀式だったのである。
中世の魔女狩りは、気候の低下により不作となった時が最も盛んであった。支配階級は飢餓の危機に対する責任を回避するために、誰かに濡れ衣を着せなければならない。中世のキリスト教権力がスケープゴートに選んだのは、彼らにとって周縁的でエイリアンであった異教徒の魔術師であった。
スケープゴートとなった人々の中には、男性もいたが、大部分は女性であった。その理由は二つある。第一に、女性は当時周縁的な地位しか持たなかった。第二に、不妊の女性は凶作を連想させた。だから、不妊の女性は、魔女の有力な候補となったのである。
キリスト教は、ローマ帝国に公認されるまでは、スケープゴートの対象であった。権力を握ると、逆に異教徒の弾圧を始める。18世紀の後半魔女裁判は終息し、市民革命の進展と共にキリスト教は権力を失う。中心/周縁関係は、常に変化する。
キリスト教はローマ帝国に公認されるまで弾圧をされた。イギリスの歴史を調べればいい。ケルト人はローマに支配され、サクソン人に支配され、デーン人に支配され、ノルマン人に支配されて来た。その苛烈な異民族支配の経験が米英支配システムとなった時、アメリカの黒人奴隷を始めとする収奪型システム体系として完成した。日本はイギリスから最も遠くキリスト教徒も少ないが故にその奴隷的精神から救われて来た。奈良や京都には数多くの仏閣神社が健在であり、それらを日本精神として行動規範とする人間は少なくはない。東京を中心とする東国では、西洋的な魔女狩りの精神汚染が広がっている。これは非常に危険な徴候である。理由は後述する哲学(分析と総合)に起因している。
哲学としての分析と総合
アメリカは世界の覇権国であった。アメリカ的価値観(システム体系)は欧州、中国、日本でも取り入れられた。その為にアメリカで発生した恐慌は世界中で感染爆発を引き起こす。これは相似形(フラクタル)な遺伝子はウィルスに非常に脆弱だという事である。日本のメタ構造が水素文明や幕藩体制のような分散型だとすれば被害は軽微だっただろう。少なくともシステム体系の崩壊にはなりえない。アメリカを始めとする西洋哲学は分析である。
分析とは、分ける+木を斤(お)ると書くように、木を切り倒して細かく分けることである。木の素材(炭素や元素)を調べる事により木の特性を理解する。複雑な現象概念などをそれを構成している要素に分けて解明しする。別名、要素還元主義という。
対立する概念に、総合というものがある。総とは糸+公+心、合とは合わせる。公とは私に反対する文字。つまり、公益に対して人々の心を糸で一つにまとめ、合わせる事が総合である。木を理解するのに森を見て、林を感じて、木を知る事が総合である
どちらから木を理解しても良い。しかし、大切な事は、統合である。統合の統とは、糸+充である。「子供が充実して育ち、糸すじにより、全体に行き渡る事」+合わせる、で統合となる。
木を粉砕してもいいし、木を森から調べてもいいが、最終的には統合しなければ森も木も維持できない。
微積分の陥穽
平成の日本人はミスをした。西洋合理主義とは解析学に成り立ち、その解析学には微積分の陥穽がある事を忘却していた。これはランチェスターの法則が判り易い。
ランチェスターの法則
Eは武器性能比(Exchange Rate)=(B軍の武器性能)÷(A軍の武器性能)
(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)
この法則は航空戦の観測により生み出された為に、戦略的速度や兵糧消費の問題を考慮に入れていない。西洋タンポポと日本タンポポの生存競争はウィルスという敵が発生しないと仮定すればクローンで増殖する西洋タンポポが有利である。しかし、雄雌に分岐して繁殖する日本タンポポの方が多様性に優れ、それが長い時間に渡りに日本で自生しているという事は、かなりの確率でウィルス淘汰が発生しているという事だ。木を調べるのに分析を使えば、漢字を分解すればわかるように「木を斤(お)って、分けて」となる。木の構成要素は理解できるだろうが、それでは林や森の状態、その多様性を理解する事は決して出来ないのだ。
ランチェスターの法則を実戦に適用するには1.速度、2.兵糧、3.増援の問題を考えなければならない。
つまり、日本政府が景気対策をするなら、1.アメリカの経済予測(米国依存リスク対策)、2.副作用の考慮(逆効果の効力)、3.新しい問題の発生(地震、疫病、戦争など)を想定しておく事が絶対に不可欠だった。それをしなかった以上、日本はトンでもない状況に突入して行く。
文献:魔女狩りと悪魔学
新経済システム
まず、西洋合理主義の医療がどうして崩壊するかを説明する。
健康→病気→治療(診察や薬品販売の利益)→病気が多いほど儲かる仕組み
この根本的な問題が破綻しなかったのは総人口が増大していたからである。
犯罪の問題、年金の問題も全く同じ構造である。
この不均衡拡大が維持される限り、持続可能であった。
しかし、人口が減少すれば、上記のモデルは根底から破綻する。
それは、医療であり、年金であり、治安(犯罪の増加)である。
日本全土で人口減少が始まった。総合的対応が自動的に発動される。
総合的対応(天の理)→縮小均衡=人口崩壊
↓
A(自殺+殺人の)増加×B(天災+疫病の)発生×C(戦争や飢餓の勃発)=人口崩壊
唯一の活路は文明のメタ構造を変更させて虚数により反転をかけるしかない。
虚数とは自乗すればマイナスになる数値である。
砂漠でエネルギーを使うほど、水が出来るシステムがいる。
海上で水を分解するだけで酸素供給により魚が養殖できるシステムがいる。
砂漠でゴミ(生分解樹脂や魚介類)を捨てるだけで土壌が肥えるシステムいる。
このシステム体系を水素文明と人は呼ぶ。
絶体絶命の状況に人々が追い込まれた時、人は覚醒するか、死滅するしか選択肢は無い。
そして、一部の人間は覚醒し、多くの人間は死滅する。それが断絶平衡、生命の歴史である。
ここに先覚者アルファがいる。アルファと一緒に学んだ人間はアルファダッシュ(α1)でありベータ(β)である。αと会議をする度にデジタル情報がwikiやpotcastに整理集約され記録される。これがアルファダッシュ(α1)である理由である。βである理由はそれぞれが差異を持つ事である。多様な人格は維持され同時に先覚者アルファに影響を与える事によりβがアルファダッシュ(α1)に変化するようにアルファ自体も常に変化して行く。このメタ構造が水素文明の基礎構造である。
ステルス幕府では「100万の奇跡(1000人のブロガーと各1000人の購読者)」が発生した場合、1つ目のペーパー又はブログ、メルマガを読み、3ないし4の電脳会議をこなせば必ず幕閣中央に伝達され一緒に談合することが出来る。その為にはそれぞれが会議をなし疑問者及び回答者両面からの変革が不可欠となる。疑問者は的確に伝える学習努力が必要であり、応答者は相手が理解し易い形の返答がいる。
上記の「現代の魔女狩り」をしても、何を得る物は無い。美男美女の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえと江戸時代では言っていた。これは非常に無粋な行為である。そして、既存の常識はダイナミックに変化を始めている。間違った西欧合理主義から江戸時代に近い日本的な東洋合理主義の時代へ戻りつつある。そして、今回は日本が世界をリードするのだ。その為には集合知を学ばなければならない。言語がある原始人と言語が無い原始人では、言語がある原始人が有利である。文字がある民族と文字が無い民族では文字がある民族が有利である。微積分を知る国民と微積分を知らない国民では微積分を知る国民が有利である。そして、集合知を形成する事ができる新人と集合知を形成できない旧人では、どちらが有利だろうか?
その恐るべき最終的な状況が発生する「約束の日」が近づいている。もし、読者として何かを感じたら「秋月便り」を購読し、集合知を形成する努力をして欲しい。選択する事により、選択されるのが情報社会である。学生は大学を自由に選択することが出来るが、大学も学生を選択する権利がある。遠隔教育『秋月』には多くのチームがある。そして、「秋月便り」の参加者はそれを選択する権利がある。しかし、各チームにもそれぞれのメンバーを選択する権利がある。選択されたければ良い人間になるしかない。その切磋琢磨の努力が人間社会を進歩させるのだ。その進歩する人間が積み重なった時、ある閾値を超えた時、進化と呼ばれる約束の時が来る。
文献:2009年 断末魔の資本主義―崩壊から聡明へ 光は極東の日本から
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