敗戦と戦後を繋ぐ血族
(略)山本が戦死した報を得て、須藤某が文書の遺稿でもと狸穴に訪ねた時には、すでにこの女性が一切を処理し終えた後であり、(略)戦時中、米内光政の身内や縁故者たちから、国の機密に属する事柄が敵国に流されていたことは事実であり、しかもその事柄が、日本の戦争遂行を不可能にするほどの重要なものもあったことを特筆しておく。
またこの縁辺の者のうちには、首相であった東条の鎌倉での生活苦を賄っていた者もあり、それらを取り巻く近親の者たちの言動から察知された国家機密が直ちに敵国に通報されていた事実も明白になっていた。山本五十六は1919年5月〜1921年7月までと、1926年1月〜1928年3月までの二度、アメリカ勤務(大使館付武官)をしています。この他にヨーロッパへの長期出張が二度。同時期に駐米大使、駐英大使を歴任していたのが、戦前からフリーメーソンに加入していた松平恒雄でした。吉田茂が駐英中にフリーメーソンに加入したように、山本も、松平に誘われ、フリーメーソンに加入していたことは十分に考えられます。
また、山本と米内は砲術学校時代には同じ部屋に起居している間柄であり、生涯に渡り二人は非常に波長が合ったと言われています。
フリーメーソンとは直接関係ないかもしれませんが、英米に取り込まれていた可能性があるのは山本や米内だけではないようです。
渡部悌治氏は、英米の対日工作費が右翼に渡されたルートとして、
英米の対日工作費→張学民経由→キリスト教矯風会の子女→大川周明・赤尾敏
英米のエージェントであった巌本善治→正則中学校の今岡信一郎→関東国粋会の梅津勘兵衛
などを挙げています。
(略)
いずれにせよ、日本は、ユダヤ伝統の両建て戦術、「分断して、統治せよ」に見事に嵌っていたようです。【参考】天皇破壊史
出典:研究メモ - 日本人が知らない 恐るべき真実
平成21年4月のG20は既に失敗が確定し英米の破産も既に既定の路線となった。だから戦勝国の対日黒歴史も知りたいと考える日本人は楽に知ることが出来るようになった。しかし、知ったところで意味があるとは思えない。それは過去でしかなく、そこに未来はないからだ。
矛盾に満ちた人間が再び黒歴史を選択していくのを見続ける事になるのだろう。だがそれは決して同じようにはなるまい。米内光政は世界のグランドデザインを持たなかった。大いなる事を得るには犠牲無くしては得られない。日本を売った売国奴の血脈は存在し続ける事に意味がある。消えてしまえば其れ迄だからだ。だから永遠にその業を残す事に我らは協力するだろう。彼らを消してしまいたいのは私ではない。彼らを利用した存在が彼らを消したいのだ。
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